多趣味なまんぼうおじさんの徒然なる日常

【ラスプーチン】デスティニー用語に学ぶ歴史

2018/06/16
 
この記事を書いている人 - WRITER -
まんぼうです。 多趣味なアラフォーおじさんが気になることや体験談などを書いています。

どうも、まんぼうです。

今回はちょっと趣向を変えてゲームの中の用語に使われている実在の人名にフォーカスを当てて、もととなった人物のことについて書いていこうかと思います。

スポンサードリンク




ウォーマインド【ラスプーチン】のもととなった人物とは?

デスティニーの初期から名前の出てくるラスプーチンですが、ゲーム内ではウォーマインドの一つでいくつかあったウォーマインドのうち最後の一つと言うことが語られています。

このウォーマインドの由来となったラスプーチンとは一体どんな人物だったのか?

要点をまとめて紹介していきたいと思います。

12019 / Pixabay

1.生い立ち

本名:グリゴリー・エフィモヴィチ・ラスプーチン

生没年月日:1869年1月9日生まれ、1916年12月30日

生誕地:トボリスク県ポクロフスコエ村

ラスプーチンはロマノフ朝による帝政ロシア期のシベリアの片田舎に生まれた。

当時のロシアの地方部では教育環境が整っておらず、ラスプーチンは読み書きができなかったと言われる。

18887年に結婚したが1892年に突然「巡礼に出る」と言い残して出奔した。その後一旦故郷に戻るも、1903年に再び村を出奔し修行のたびに出る。

その後サンクトペテルブルグにでたラスプーチンは祈祷による治療を施す祈祷僧として信者を集め、「神の人」と崇められる存在になっていく。

その存在が歴史の舞台に出てくるきっかけとなった出来事が1905年におこる。

その年の11月にすでに宮廷にまでその名を知らしめるほどになったラスプーチンは時の皇帝ニコライ二世に謁見することになる。

その後ニコライ二世の側近の娘の治癒にあたり、さらに1907年にはニコライ二世の息子アレクセイ皇太子の治癒を任されるまでになる。

2.怪僧と呼ばれた男

ラスプーチンは多大な信仰を集める一方で、周囲の嫉妬から敵対する勢力も多くなっていく。

その理由の一つが、ラスプーチンが皇帝夫妻に容易に謁見できるほどの信頼を得ていたことにある。

また一方で精力に溢れ、その精力で女性たちを虜にしていたという噂も跡を絶たなかった。

現在では証拠となる資料などもほとんど残されていないので、真偽の程は不明だが、周囲の嫉妬と不興を買うには十分だったのだろう。

教会からは偽の教義を広めたとして裁判にかけられそうになったり、異端者・不道徳者と非難された。

しかし、皇帝の絶対的な信頼の庇護のもとにあったラスプーチンは、非難を浴びつつもかわし続けることができた。

その後故郷に戻った際に暗殺されかけ、負傷するも回復。

この頃にはラスプーチンを公然と批判する勢力はいなくなった。

3.ロシア帝国崩壊のきっかけとなった男の末路

第一次世界大戦が勃発し、反ラスプーチンの機運が高まる中ニコライ二世は士気を高めるため親征に向かい、内政は皇后アレクサンドラが担うこととなった。

度々ラスプーチンは相談役としてアレクサンドラとニコライ二世に意見をし、その影響力は更に増した。

一方で反ラスプーチンの勢力は大きくなり、その流れは止められないところまで来ていた。

その後度々暗殺されそうになるが、未遂に終わる。

しかし1916年12月17日ついにラスプーチンは暗殺される。

暗殺の詳細についてはソビエト連邦の成立時に資料が失われた上に、加害者が貴族であったためにろくな捜査も行えなかったと言われている。

また、現在残る証言などはすべて加害者側の回想等によるもので、事実との整合性が疑われているそうだ。

4.プーチン大統領との意外な接点

一時は神の人と呼ばれたラスプーチンだが、晩年の悪評(政敵による捏造もあるが)により、ロシア国民から大悪人のレッテルを貼られた。

そのためラスプーチン姓の人たちが改姓してプーチンと改めたともいわれている。

このあたりの真偽は不明だが、遡ればプーチン大統領の先祖もラスプーチン姓だったのかもしれない。

5.ラスプーチンにまつわる伝説

ラスプーチンの暗殺の際、毒を持っても死なず、燭台で殴れば反撃され、銃を撃っても倒れず、最終的にはタコ殴りにして簀巻きにして川に投げ入れた(ロシアの12月)にもかかわらず、死因は溺死だったと言う。

また娘には私は「今年のうちに死ぬだろう」と死の数日前に話したともいわれている。

スポンサードリンク




最後に

ラスプーチンは帝政ロシア末期に実在した祈祷僧であり、政治家。

デスティニーには人類を守るウォーマインドとして登場しますが、歴史に悪名を残したということを考えると、あまりふさわしい名前ではないような気もしますね。

ちなみにですが、ラスプーチンに関わる人物の中にフヴォストフと言う名を持つ内務大臣が実在します。

というわけで今回は、【ラスプーチン】デスティニー用語に学ぶ歴史でした。

ではまた。

この記事を書いている人 - WRITER -
まんぼうです。 多趣味なアラフォーおじさんが気になることや体験談などを書いています。

- Comments -

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

Copyright© まんぼうの棲家 , 2018 All Rights Reserved.